間借りレリラblog

ぼちぼち書いたりするかも

親から碌な躾を受けられずに大人になった今、常識をどこで取り戻せばいいのか?

 昨日、一年ぶりに父、母、姉と四人でおじいちゃんとおばあちゃんの家に行った。父方の祖父母とは一緒に暮らしているため毎日顔を合わせているが、母方の祖父母は隣の県に住んでいて一年に一回しか会えない。着く頃にはお昼時になっていて、新年の挨拶をした後は食卓を囲むことになっている。キリスト教徒である祖父母の食前のお祈りの後、(個人的には)ささやかながら楽しい食事の時間が待っている。僕は毎回、この時間が好きだ。

 普段、一緒に暮らしている祖父母と囲む食卓はあんなに苦痛なのに、この日だけは楽しい時間に変わる。大した話はしないけど、父方の祖父母の様子はどうかとか、近況報告とか最近のニュースについてとか色々と話す。と、ここで姉がウケを狙ってか口いっぱいにご飯を頬張りながら何かをフガフガ喋りだした。いつも家でやってるネタみたいなもので、何言ってるかわからんわ!というのが普段の流れだ。僕としてはああ、またやってるわ〜と思ったのだが

 「口に食べ物入れた状態で喋ったらあかんよ」

 と、おばあちゃんが姉に向かって注意をした。衝撃だった。僕や姉は今まで、家にいてそんなことで叱られたことはない。それどころか、自分はその出来事まで「口に物入れて喋る=よくない」ということすら分かってなかった。正直今でも常識の話なのか、マナーや行儀の話なのか、体によくないという話なのか、全部なのか納得し切れていない部分もあるけど、確かに、良くなさそうだと思う。少なくとも、普通の人とか育ちのいい人はやってなさそう。

 

 俺は、それになりたいと思った。行儀がよくて、人と話していても、食事をしていても人に悪い印象を与える事がない人。そうなるには、自分があまりにも躾を受けてこなかったかというところから振り返らないといけない……

 

 

食事の話

 俺の食事のマナーは最悪だと思う。それでもここ最近は、少しでもマシに見えるように独学で何とかしようとしてきた部分もあり、他の家族よりはマシだ。自分の家は父、母、姉、祖父、祖母、俺の六人で食事をする。食事中の空気は最悪で、楽しい話もせず静まり返ってるのに、誰かがお茶を倒したとか、箸を落としたとかそういうので怒り狂う人がいる。また、静まり返ってる間も、他5人の(もしかしたら自分もかもしれない)クチャクチャ、ズルズルいう音が聞こえる。ズルズルというのは味噌汁の音で、特に父のわかめをすする音がデカい。

 マナーが載ってるサイトには「音を立てて食べるな」とは書いてあっても、音を立てないコツみたいなのは載っていないのでここが一番苦労した。最近発見したのは、大きな具が入ってる味噌汁は、具ごと汁を啜るのではなく、具を先に食べてから後で汁を飲むようにすると音が抑えられるということ。今度家族にも教えてあげようと思う。

 他に嫌なのは、祖母の寄せ箸とか姉の迎え舌とか。あと両親ともに皿を舐める。食卓ではやめてほしい。本当に気持ち悪いと思う。あとこの前母に俺の皿舐められた。縁切りたくなった。ここまで来ると、俺が一番マナーちゃんとしてるレベル。でも多分マナー本にも載ってないような、根本的なとこにどっかおかしいところがあると思う。もし人と食事をしていて、それが出たら本当に恥ずいだろうな。

 因みに母親も自分の子供の食事マナーのヤバさに気付いてはいたらしいけど、もっとマナーやばい三人(父、祖父、祖母)の手前注意できなかったんだって!その結果がこれだよ!

 

 

公共施設

 思い返せば、家の外でのマナーや態度も最悪だったと思う。特に、ショッピングモールの中では、大人になった今では一緒の空間にいたくないような「ザ・躾のなってないガキ」だった。ショッピングカートをキックボードのように蹴って爆速で移動したり、姉とかくれんぼや追いかけっこをしたりして騒いでた。衣料品売り場でのかくれんぼが特に好きで、服と服の間に隠れて、たまに他の客を驚かせた。一度や二度ではなく、スーパー、ホームセンターなどに限らず何かしらの店に行ったら絶対やってた。楽しかったから。

 割と最近まで、このショッピングモールでのクソガキムーブは「楽しい思い出」として記憶に残っていたけど、もしかしてやっちゃいけないことだったんじゃないのか?母に、なぜ注意してくれなかったのかと聞いたら「子供はこんなもんだと思ってた」と。因みに父親にもそういうことで注意されたことはない。ここまで来たらネグレクトじゃないかとすら思う。一般常識とか一般の感覚すら身についてないやん。

 後は、登下校中に「空き地」に入って四葉のクローバー探してたとか。一緒に帰ってた隣の家の子に「空き地じゃなくて、誰かの家のものなんじゃないの?入ったらダメだよ」と言われたこともあるけど、どういう意味かよくわかってなかった。一緒に帰ってた母にも注意されなかったからだ。あと、これはガチでダメなことだと思うけど、母と姉と一緒に下校する道すがら、新築の家の玄関(人は住んでる)の階段に登って「傘で人は飛べるのか?」の実験……階段に登って傘を開いた状態でそこから飛び降り、また階段に登って今度は傘を開かずに飛び降り、また階段に登って、を繰り返すというもの……をしてた。3回か4回ぐらい。母と帰っていて、傘を持ってたら絶対やってた。ダメだよ。人ん家じゃん。

 上のようなことも、今だったら絶対にしない。大人になったからだけでなく、最近は常識的であろうとしてるから。常識がない自分がめちゃくちゃダサく思えてきて、それを直そうとしてる最中だからだ。ただし、そのような常識を身につける方法が分からなくてとても困っている。他の人からしたら当たり前すぎるのか本には書いていないし、大人で常識が無いと注意される前にドン引きして距離を置く人が大半だと思う。

 

 

対人について

 対人関係も最悪だった。善悪の判断をどうやってつければいいのかすら分からず、やっちゃいけないこともした事がある(ガチなのは書けない)。親しかったら人を叩いてもいいと思ってたし、小学生の言うような「どうして人を殺したらいけないの」は一年ぐらい前まで思っていた。ここら辺は、社会福祉や倫理なんかを学ぶことで何とか補えるようになった。嬉しい。

 人のものを当然欲しがった。友達と遊びに行った時に、友達が買ったアイスを半分ねだった。当たり前に貰えると思ったけど、「さっき自分の分買えばよかったじゃん」と言われただけ。当たり前の事が当たり前に行われなかったので、ちょっと意味が理解できなかった。姉の持ってたおもちゃも欲しがった。姉のシャボン玉を当然自分も使わせてもらえると思ったけど、姉が嫌がったのが意味不明だった。母方のおばあちゃんにそのことを話したら、「お姉ちゃんのでしょ!」と叱られた。今思えば、母方のおばあちゃんみたいな人がもっと近くに居てくれれば、これまでの人生で善悪の判断に悩むこともなかったのかもしれない。

 当時の自分は「お姉ちゃんのでしょ!」が分からなかった。自分のものはわかっても、人のもの、というのがよく分からなかった。家族の鞄の中を漁るのが好きだったし、家族だけでなく、友達の道具箱を勝手に見漁ったり、先生の引き出しの中を勝手に見たりした。面白かったから。今でも正直面白そうな鞄が目の前に置かれると中身を見たくなるけど、我慢するようにしてる。多分この辺は、バウンダリーの問題なのだと最近わかった。家族、特に母と父方の祖母が境界線のガバガバな人で、簡単にこちら側に入ってこようとする。人のものを勝手に他人にあげる、少しの外出でも毎回詳細を尋ねる、とか。そういう影響で境界線が分からないんだと思う。

 

 

どうなりたいか

 マナーに倫理に心理学と、家族が機能不全だっただけで(それが大層なことなんだけど)今から学ばなければいけないことが多いらしい。自分が今まで得られなかったものが学問や知識として体系化されてるのはすごくありがたいことだと思う。それでも、経験値不足は補えないところがあるため、何かのソーシャルグループワークに参加してみるとか、思い切って精神科で治療を受けてみるとかも必要かもしれない。

 

 自分は今、夢が二つある。何かの学問を修めることと、恋人を作ることだ。これまで、躾の面でノータッチだっただけじゃなく、教育の面でも何もしてもらえなかった。成績表をまともに見てもらえたこともなく、成績が下がろうが、何かに興味を持とうがそれをサポートしてもらえた事がない。高校生の頃、ほぼ引きこもり状態だった自分はある日、何かを学ぶことの面白さに気づいて、諦めてた大学進学を決めた。だが、これまでの遅れを取り戻す事ができず、結局今は近所のFラン大学に通っている。それでも、これまでの自分の学問とは無縁な生活とは雲泥の差で、この機会に自分の興味を深めたり、人としての自分を磨くための勉強ができると思うと楽しい。将来、お金を貯めて大学院に行っても、別の大学に行ってもいい。

 そしていつかは、恋人が欲しい。結婚願望はない(多分碌なことにならないから)が、誰かと付き合ってみたい。そのために、もっとまともな人間になりたい。めっちゃバカだから具体的なことは言えないし言語化も下手だけど、まともになりたい。ただ、そう思う。そうでなければ、死にたいな、とも思う。人生や自分に半分ぐらい絶望してるから。もうちょっと足掻いてみて、半分絶望から100%絶望に変わったら死ぬわ。これだけ書いたけど、多分普通に鬱か何らかの精神疾患を抱えてる状況で毎日生きてて辛いから。可能な限りの努力はしつつ、いつも誰かに助けて欲しいと思ってる。

誰か、助けてくれ〜

 

 

追記

 書き忘れていたことがあったので追記すると、躾をされなかったといっても、甘やかされて育ったという訳ではない。「叱る」というより「怒る」に近いことはよくされた。常識は何も教えてくれなかったのにしょっちゅう怒りを向けられた。自分はそれが嫌いで、何とか家族に怒りを向けられないように、顔色を窺うようになった。本文でも書いた通りネグレクトだと認識してる。こんな未熟な家に生まれたくなかったし、もっとまともな大人が周りにいてくれたらよかったのに。人生を返してほしい。

 とまあ、家族のことばかり取り上げたけど、自分の中にも「常識のないまま大人になってしまった」要因というか資質はもっていたんだと思う(自分にも非がある、という意味ではない)。全然未診断だけど、自分には発達障害の傾向があって昔から他人の気持ちが分かりづらい節があった。人の顔色を窺っても相手の気持ちは分からないし、常識も分からないから普通人に対してしないことをしていた。そういう資質に、最悪の環境がマッチングした結果俺みたいなバケモンが生まれたんだろう。